後藤又兵衛の碑を訪ねる
 
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「玉手山に『後藤又兵衛の碑』がある。」
数ヶ月前にネットでチラリと目にしたフレーズである。

玉手山というのは大阪は柏原市にある小さな山の事。
その玉手山には幼稚園の遠足で行ったことがある。
あれから28年、現地のことは何も覚えていないが、幼稚園児に行けた所なら大人に行けない訳がない。
とりあえず事前調査や確認の類は全くなしに、デジカメだけ持って家を出てみた。


    

近鉄は国分駅に到着。
駅前の大雑把な周辺地図から目的地の方向を把握、とりあえず何となくで右写真の道を進んでみる。

歩いてて思ったのだが、すっごい暑い。
そういえば昨日の天気予報では梅雨が明けて猛暑になるとか言ってたような。。。
炎天下っていうのかな、日焼け止めなんか塗ってないし、このままじゃえらいことになるのではなかろうか。
独りで歩いてるとこんな不安ばかりが湧いてくるのだが、10分も歩いただろうか、周りはどう見ても閑静な住宅街。
地名に「山」が付くだけにもっとこう山道を予想してたのですが、道ここで合ってるのか?と心配になってきたころに出てくる道案内。
柏原市の絶妙のフォローとみてよいだろうか。

     住宅地にたたずむ案内標識。

画像クリックで拡大写真。



ラスト、急に細くて登りのキツイ坂を登ると見えてきたのが玉手山公園の入り口らしきゲート。
かつて『玉手山遊園地』という名前だっただけあって、それっぽい入り口。

     無人の入場ゲート
勝手に入っていい雰囲気。


ゲート横に玉手山公園全体の地図を発見。
「現在地」と書かれているマークのすぐ下を見ると、ん!!?

    

この地図によると、どうやらこの公園には入り口が3箇所あるようだが、俺は正解を引いていたらしい。
又兵衛はもう目と鼻の先ではないか。

そして入場ゲートをくぐって目の前の階段を登ると現れたのがコチラ。
      

つわものどもが夢のあとってやつでしょうか、大阪夏の陣の激戦地も400年経った今ではポツンと供養等が建つのみ。
戦国時代最後の大戦の1つがココであったなんて想像つきませんな。

     供養等に刻まれる文字も一応アップで載せておきます。


さらに進むこと数十メートル、姿を現しましたよ『後藤又兵衛基次の碑』が。 もちろん写真に収めてきましたのでご覧下さいませ。
     これが今回のメインターゲット。
表札が邪魔だって方は、クリックして拡大版の写真をご覧くださいな。





周りにも案内板などいくつか在るので、ちょっと引いてみます。


      



            !!?


隣にも石碑が在るじゃないですか。
     吉村 武右衛門。

周りの案内板の説明によると、後藤又兵衛の部下で、又兵衛の最後に介錯をした人だそうです。
有名ではないけど、こうして碑が残ってるくらいなので、この人も歴史に名を残した英雄ですな。




そんなわけで、案内板の写真もアップしときまする。

    
     これらを読めば、ここでの戦の大体のことは解かるのではないでしょうか。
本田・伊達・真田など豪華な名前が出てきます。




今回は戦国の旅ということで玉手山へ来てみましたが、駅からそれほど遠くもなく、なかなかに歴史の穴場っぽいものを見つけることができたのではないでしょうか。
まわりも自然に囲まれてて、季節によっては弁当を持ってきても楽しめると思いますよ。
今日はさすがに暑いので木陰を探したいところですが。。。。。ん?

      

小林一茶の碑?

そんなものまであるのか。
恐るべし玉手山。
じゃあ折角なので、その碑も見に行ってみよう。

      

森を歩いていくと、たしかに在りました。
碑に何て書いてあるのかは、さっぱり解かりませんが。

     「一茶」の部分しか読めん。。。



以上、思った以上に歴史の宝庫、玉手山でした。
気候の温暖な時期に訪れることをお勧めいたします。

 
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