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どうする家康をどうする? |
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今年の大河ドラマは【どうする家康】、タイトルの通り徳川家康が主人公です。
徳川家康は織田信長と手を組んで武田信玄と戦い、今川・北条・真田と戦い、豊臣秀吉と戦い、関ケ原を総大将として戦い、ついには戦国時代を完全に終焉させた人物ですから、大河ドラマの素材としては鉄板です。
それだけに、そろそろ面白くなるんじゃないかと毎週見続けて、すでに十五話。いっこうにその気配を見せません。
どうする家康というタイトルですから、聡明な徳川家康がギリギリの選択を繰り返しながら戦国時代を切り開いてゆくのだろうと思って見ていたら、無知で世間知らずな家康が情に流されては決断に悩むだけという、ずいぶんと思ってたのと違う家康が描かれております。そんな家康は結局どうするのかというと、いつも場当たり的な決断に流れていきます。
ちなみに、まだ記憶に新しい直近の二話はこんな話でした。
朝倉討伐のため織田と徳川は金ヶ崎に布陣していた。そこに加勢するはずの浅井が裏切って朝倉と連携して挟み撃ちにすべく出陣します。浅井夫人は信長の妹なので、彼女のお世話係の女子(架空の人物)が浅井の裏切りを知らせに金ヶ崎へ走るというお話。
この架空の女子のマラソン道中を一話にかけて描き、無事に家康に知らせると、女子は力尽きて死んだ。
金ヶ崎の撤退戦が始まる。どうする家康!
そんな第十四話が終わり、第十五話の冒頭のナレーション
「その後、なんやかんやありましたが、無事、金ケ崎の戦いを乗り切ったのでありました」
まさかの戦いのフリに一話を費やし、戦本編はナレーションで片付けました。
また、この十五話では姉川の戦いも描かれておりまして、織田・徳川軍が川を挟んで浅井・朝倉軍とにらみ合います。
ついに朝倉勢が戦端を開いて川を渡ってきましたが、家康はギリギリまで朝倉勢と戦うか、それとも織田を裏切って友軍に攻めかかるかで悩みます。そんなことは布陣するまでに決めておけよって話ですが、番組終了間際になってやっと朝倉勢を迎え撃つことに決めます。
そうして始まった姉川の戦いですが、戦闘シーンは無く、またしてもナレーションで終わらせるパワープレイでした。
今作の駄目なところが詰まったような二話でした。
徳川家康は幼き頃から亡くなるまで波乱に満ちた人生を送りましたので、史実だけを順に描いていくだけでも一年の期間では収まらない程のボリュームとなるはずです。それなのに、無駄話を放り込んでは重要エピソードを軽く流して話を進めてしまいます。
これまでの全話を通して目につく要素は他にも色々とありますので、ざっと書き出してみます。
・直臣たちがいつも家康の屋敷でたむろしてだべっているので、彼ら各々が多くの兵を掌握していて、それらを率いて戦う部隊長には見えない。
・すぐに直臣同士が供も連れず遊びに出歩く。
・架空の人物(女性)にスポットを当てて、実はこんな無名の人物が歴史を動かしていましたよ、と言わんばかりにブッ込んでくるエピソードがつまらない。
とくに上記の架空の人物エピソードに時間をかけられた際には、昔のジャンプアニメで原作に無いオリジナル回を見せられたときに似た気持ちになります。
家族との触れ合いや確執を描くことに多くの時間を割いて、戦略や周囲の人物の動きや思惑、戦での戦術描写を疎かにする戦国ホームドラマ、なんてことは大河ドラマでは以前からもよくある演出ではあるのですが。
大河ドラマ、一度でいいから下記のような硬派なものを作ってくれないだろうか。
・軍勢の規模が映像や台詞から見てとれる。
・家臣たちの特性が描かれる。(個々のキャラクターではなく、どのような用兵や戦術や謀略を得意とするかといった特性)
・軍事行動では戦略目標がはっきりしている。
・周囲の敵味方の大名の思惑や動向も描かれ、駆け引きや心理戦が行われる。
・『唐入り』に関わった人物を主人公にする場合は、半島での戦いをきちんと描く。
・家族ドラマパートは、それがないと話が回らない必要最少限にする。
うん、無理でしょうね。
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